【サッカー】湘南はなぜ生え抜きが育つのか? エース離脱の危機を18歳抜擢で乗り越えた「育成クラブの底力」

戦況のほとんどをベンチ前のテクニカルエリアで見守り、間断なく降り続いた雨に打たれながら、湘南ベルマーレ曹貴裁チョウ・キジェ)監督は幾度となく6年前の記憶を蘇らせていた。

 2011年3月7日。ファジアーノ岡山平塚競技場(現Shonan BMWスタジアム平塚)に迎えたJ2開幕戦。76分から途中出場してJリーグでデビューを果たしたルーキーの高山薫と、目の前で攻守に奮闘している18歳の石原広教(ひろかず)の姿がダブって見える。

「前に行くことしか考えていない。まだまだ下手くそで、それでも勇敢という意味では(高山)薫もそういう選手だった。薫が初めてピッチに立った時と、本当にそっくりだと思って」

 前節終了時で首位に立っていた5連勝中の東京ヴェルディのホーム、駒沢陸上競技場に乗り込んだ9日の明治安田生命J2リーグ第7節。3‐2の逆転勝利をもぎ取り、名古屋グランパスに次ぐ2位に浮上した曹監督は、6年目を迎えた指揮官のキャリアの中で初めて、十代の選手3人を先発でピッチに送り出した。

 青森山田高校から加入して2年目のMF神谷優太、市立船橋高校卒のルーキー杉岡大暉、そして湘南ベルマーレユースから昇格したばかりの石原。特に石原は初めてベンチ入りを勝ち取った東京V戦が、Jリーガーとしてのデビュー戦でもあった。

 小学生年代のジュニアから湘南一筋で育ってきた石原は、今までは応援する立場で口ずさんできたサポーターによる応援歌をウォーミングアップ中に聞きながら、闘志がさらに高ぶったと屈託なく笑う。

「小さな頃から聞いてきた応援歌を目標としてきた舞台で聞けるのは、めちゃくちゃ気持ちがよかった。よし、やってやろうと思いました」

 今シーズンと同じく、2011シーズンもJ2の舞台で再出発を余儀なくされていた。当時はコーチとして反町康治監督(現松本山雅FC監督)を支えていた曹監督にとって、高山は川崎フロンターレU‐15監督時代にも熱血指導した愛弟子でもあった。

 湘南で再会を果たし、恩師のもとで心技体のすべてで成長し、昨シーズンからキャプテンを託された高山はしかし、ピッチの上にいない。3月25日のジェフユナイテッド千葉戦で右ひざ前十字じん帯を損傷。全治8カ月と診断され、4日に手術を受けていた。

 高山が離脱したショックからか。2日のカマタマーレ讃岐戦で初黒星を喫した。開始早々にミス絡みで失点し、精神的な動揺に拍車がかかった中でさらに2点を追加され、攻撃陣も不発に終わった。