【大分】左官職人のコテが生んだ芸術 100軒が集中する街 宇佐市安心院町[04/10]

左官職人たちがコテを使って、土蔵の壁などにしっくいで描く「鏝絵(こてえ)」。
「庶民の芸術」とも言われるカラフルな装飾が今も多く残る町のひとつが、大分県宇佐市安心院(あじむ)町だ。
地域の住民たちが脈々と伝統を守り続けている。

レリーフのよう

赤や青など鮮やかに色づけされた虎や竜、七福神
宇佐市安心院町の通称「鏝絵通り」を歩くと、約500メートルの道沿いの住宅などの壁に約30点が並ぶ。
つくられてから100年以上経った鏝絵も交じる。
立体的になっていて、「絵」というよりもレリーフのようだ。

大分県立歴史博物館(宇佐市)の菅野剛宏・学芸調査課長によれば、
鏝絵は、左官職人が家や土蔵を建てる際、土壁に塗るしっくいを重ねてつくった。
無病息災や火事よけなどを願って描いたものが多いらしい。

安心院の鏝絵は、しっくいの上に色を塗るのではなく、
顔料をしっくいに練り込むため、表面が風化しても色合いが残るのが特長という。

しっくいが塗られた土壁が、庶民の間に普及し始めた江戸中期以降、全国各地で流行したという。
コテを使ったその精巧さから「庶民の芸術」とも言われる。
ただ、土壁の家が減ったことに伴い、つくられることもめっきり減った。

大分県の鏝絵づくりの文化は1996年、「大分の鏝絵習俗」として国の無形民俗文化財に選ばれた。
文化庁によると、大分県内には少なくとも774軒の住宅などに鏝絵が残っている。
このうち、100軒が安心院町に集中する。

菅野課長は「安心院は全国有数の鏝絵密集地」と胸を張る。

写真:ウサギが描かれた鏝絵。江藤智子さんの実家の蔵にあったものが、取り壊しの際に別の場所に移された
http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20170406002278_comm.jpg
写真:蔵の戸袋から移された鏝絵を説明する上鶴養正さん。富士山やタカが描かれている
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写真:戸袋に七福神などが描かれた鏝絵
http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20170406002266_comm.jpg
写真:虎が描かれた鏝絵
http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20170406002270_comm.jpg
写真:朝顔の鏝絵。長野鉄蔵が1882年に制作したとされる
http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20170406002279_comm.jpg
写真:竜を描いた鏝絵。竜は水と関係あることから火事よけの願いが込められているという
http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20170406002448_comm.jpg

以下ソース:朝日新聞 2017年4月10日10時35分
http://www.asahi.com/articles/ASK454HHFK45TPJB00X.html